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視覚障害者のためのコミュニケーション支援機器のトレンド

福祉機器最前線

 高齢者・障害者の自立と介護を支援する福祉機器は、さまざまな場面で日常生活に浸透してきており、最新のテクノロジーを活用した研究・開発が一層盛んに進められています。
 今後の普及が期待される、各分野における最前線の福祉機器の開発・活用動向をご紹介するとともに、その機器によってもたらされる影響などについて考察した、有識者によるレポートを掲載します。

[1]コミュニケーション支援機器とは何か

 視覚障害は情報の障害と言われることがある。ここでは、そうした視覚に障害のある人の、情報の不便さを軽減するための機器を、コミュニケーション支援機器と呼ぶ。

 

名古屋ライトハウス 情報文化センター 外観

1-1. 視覚障害者の不便さを知る

 本論に入る前に、視覚障害者の不便さについて言及する。

a)見えない世界とは
 書類、新聞や雑誌、テレビやパソコンの画面、広告や掲示板などが見えないことは情報の不便さにつながる。
 相手の顔や姿、品物や洋服の色柄、食品の種類や鮮度が見えないことは生活の不便さに、交差点の横断歩道や信号、駅や建物のドアや階段などが見えないことは移動の不便さにつながる。
 こうした見えないことによる不便さが、日常、職業、学校などの生活場面で生じている。

 

b)不便さを補う(感覚代行)
 視覚という感覚の障害を触覚や聴覚などで補うことを感覚代行と呼んでいる。
  触覚:物に触れて確かめる、点字を触って読むなど
  聴覚:人声、録音媒体、音楽など
 こうして得た情報を記憶・記録することで、操作スイッチの構造や配置、話の要点、移動空間のメンタルマップ(頭で道順や建物の構造をイメージ)などの能力を獲得している。
 視覚障害者のためのコミュニケーション支援機器は、こうした障害の特性と感覚代行の考えを元に考察する必要がある。

1-2. 視覚障害者のコミュニケーション手段と情報補償機器の変遷

a)点字
 約200年前に視覚障害者の文字として点字が考案された。
 点字は視覚障害者の文字処理の手段として使用されるとともに、情報補償の手段としても使われてきた。
 点字を金属ピンで表示する装置が開発され、点字は電子データの表示に利用されるようになった。
 1990年代には全国の郵便局に点字表示装置を装備したATMが設置された(現在、銀行ATMの視覚障害者対応は合成音声の読み上げ機能と操作キーを装備したハンドセット方式へ移行している)。

 

b)録音
 磁気テープ方式の録音機器は登場とともに視覚障害者の情報補償機器として使用された。本を読み上げる声をテープレコーダーで録音して、「録音図書」として視覚障害者へ提供されたのである。
 1960年、当センターの前身である「あけの星 声の図書館」が誕生。当時、30名を超える朗読ボランティアが活動に従事、2年間で500巻の録音図書が視覚障害者へ提供された。
 その後、テープレコーダーは自治体から日常生活用具として視覚障害者へ貸与されるようになった。
 家電メーカーからは、ステレオ2チャンネルの片面1チャンネルを使用した長時間録音、録音を高速で再生する早聞き機能、高速再生時の高音化を抑制する可変ピッチコントロールなどの専用機能を備えた「視覚障害者用テープレコーダー」が製品化された。
 これらの専用品は、後年登場する読書障害のある人のための、デジタル録音再生機器へと継承されることになる。

 

c)ICレコーダーなど
 MD(ミニディスク)、ICレコーダーなど、世の中に登場した録音機器は常に視覚障害者から注目され、情報補償のための機器として活用された。
 一般の録音機器の小型、軽量、長時間録音などの性能の向上は、視覚障害者の情報補償機器としての有用性も高めていったのである。

 

d)電子情報処理端末
 1980年代に登場したパソコンは、数年後には視覚障害者用の日本語ワープロシステムとして製品化され、視覚障害者の漢字かな交じりの日本語文字処理を可能とした。
 1990年代、パソコンのマルチメディア化は、それまでの外付け音声合成装置を不要とし、ポータブル性を向上させた。
 2000年に全国で実施された地域のIT講習会では各地で視覚障害者対象のIT講習会が開催され、地域のITボランティア活動を生み出すきっかけともなった。
 その後、情報処理端末はインターネットの普及、端末の小型化、音声認識などの新たな要素技術を加えながら、視覚障害者のコミュニケーション支援機器へと発展していくのである。

1-3. コミュニケーション支援機器への発展

 視覚障害者の文字処理を補償するために活用され始めた情報技術は、社会インフラとしての情報通信技術の進展とともに、総合的なコミュニケーション支援機器へと発展していった。そして、そこには音声合成、文字認識などの高度な要素技術が取り入れられていたのである。

 

◇元祖ICT?~電話とラジオ
 情報通信技術の社会インフラへの応用は、一般的にも社会を大きく変貌させたが、同時に視覚障害者への情報入手とコミュニケーションの手段として優れた役割を提供した。
 その元祖とも言えるのが、電話とラジオの放送である。音声のみで情報を伝える点で、電話とラジオは、視覚に障害のある人が比較的不自由なく使えるコミュニケーション支援機器であり、その存在価値は今も変わっていない。

 

◇読み上げ機能付携帯電話の登場
 第2世代携帯電話の時代に、読み上げ機能付の携帯電話が初めて製品化された。高齢者をメインターゲットとした製品に付加された読み上げ機能によって、視覚障害者が操作可能な端末が生み出された点には、メーカーの熱意と工夫が感じられる。
 大きく見やすい表示、難聴の方に聞き取りやすい音声機能なども装備した製品は、簡単でやさしい操作を連想させる製品名とともにヒット商品となり、その後しばらくの間、視覚障害者が使える携帯電話の代表機種となった。
 読み上げ機能付携帯電話は第3世代に入ってシリーズ化され、読み上げ操作可能なナビ機能、東西南北を調べる音声コンパス、録音図書のダウンロード再生機能、撮影した対象の色を読み上げる機能など、視覚障害者に便利な機能が次々に実用化された。
 現在、これらの機能はすべて読み上げ機能付スマートフォンでも実用化されており、当時の製品企画の先進性を裏付けるとともに、モバイル端末が視覚障害者のコミュニケーション支援機器のプラットホームとして、大きな可能性を持っていることを明らかとしたのである。

 

◇音声合成技術~より自然音に近い合成音の開発
 不自然さが感じられていた駅の自動案内アナウンスが、次第に人間の声に近い自然な音声へと進化していることにお気づきの方もおられると思う。
 音声合成と並行して、日本語の読み誤りを減らすための、構文解析や自然言語処理などの研究も進められている。
 音声合成技術はさまざまな分野で活用されている要素技術だが、自然で読み誤りのない音声合成は、視覚障害者のコミュニケーション支援機器にとっても重要な技術の一つとなっている。

 

◇電子図書
 2000年に東京ビックサイトで開催された東京ブックフェアでは、大手出版社のブースの一角に視覚障害者向けの電子図書サービスが出展されていた。
 3.5インチのフロッピーディスクに保存された図書データは、視覚障害者へ一般図書を提供するサービスとして実現された。
 その後、いくつかのデータ企画の電子図書が製品化されてきたが、現在ではスマートスピーカーで読み上げられる電子図書サービスが現れている。

 

◇文字認識技術~夢の読書機登場
 郵便番号の自動読み取り、事務作業の効率化などのニーズに応じるために、画像から文字を認識するOCR(Optical Character Recognition/Reader/光学文字認識)技術の開発は以前から行われていた。
 1990年代に入ると、OCR専用機と音声読み上げを用いた視覚障害者向けの音声読書システムが製品化された。
 当初、数百万円だった製品の価格は、市販のパソコンとイメージスキャナを用いたことで数年後には数十万円にまで下げられた。
 その後、A5サイズのノートパソコンと小型のペン型スキャナを使ったポータブル版の音声読書機も登場し、視覚障害者の活字処理の可能性を広げていった。

 

◇パソコンのマルチメディア、大容量、高性能化の恩恵
 パソコンのサウンド機能は画面読み上げソフトの外付け音声合成装置を不要とし、端末の小型軽量化とあわせて、コミュニケーション支援機器としてのパソコンの携帯性を向上させた。
 端末の大容量、高性能化は、高品質な合成音声エンジンの搭載や文字認識の精度向上に貢献している。
 高度な技術開発がコミュニケーション支援機器の性能向上に強く寄与したことを示している。

 

◇コンピューターネットワークが果たした役割
 1980年代、付加価値通信網(VAN)を利用したパソコン通信を用いて、視覚障害者は全国レベルで点字図書データの共有や情報交換などを行っていた。
 1990年代の後半、インターネットの普及が始まると、いち早くウェブブラウザーのインターフェイスソフトが製品化され、視覚障害者も画面の読み上げと拡大を用いてウェブページを閲覧した。 当時、ウェブブラウザーを読み上げ・拡大するインターフェイスソフトが2社から製品化されたが、どちらも全盲の視覚障害者が開発の中心メンバーであったことを特筆しておきたい。

 

 このように、視覚障害者のためのコミュニケーション支援機器は、その時代の情報通信技術とサービスを最大限活用しながら進化を続けてきたのである。

 

◆トピックス 視覚障害リハビリテーションにおけるITコミュニケーション訓練
 疾病・事故などで視覚障害者となった人が元どおりの生活を送り職場へ復帰するための訓練が、視覚障害リハビリテーション訓練である。その訓練には、点字による文字処理、白杖を使った単独歩行、調理や洗濯などの日常身辺処理などとともに、パソコンなどのIT機器を用いたコミュニケーション訓練がある。
 ITコミュニケーション訓練では、各自の障害程度に応じた視覚支援機能とのフィッティングを行い、タッチタイピングなどの基礎的スキルを習得した後、ワープロによる文書作成、表計算ソフトによるデータ処理、電子メールの送受信、ウエブ閲覧による情報検索などの応用的スキル習得のための操作演習が行われている。
 こうした訓練によりITコミュニケーションやOAビジネス処理のスキルを獲得した人は、視覚障害により一時的に喪失した能力を取り戻し、社会復帰を果たしていくのである。

 

名古屋ライトハウス 情報文化センター 用具フロア

[2]近年のコミュニケーション支援機器の動向

 スマートスピーカーなどの新たな情報端末の登場により、パソコンとそれ以外の端末を使い分けるケースが増えている。
 大まかに端末を分類しながら、それぞれのトレンドや課題について示す。

2-1. パソコン

 視覚に障害のある人への支援機能は、合成音声を用いた画面情報の読み上げ、画面表示の拡大やハイコントラスト設定、外付けの点字表示装置を用いた画面情報の点字表示などがある。
 こうした視覚支援機能はパソコンとは別に製品化され、導入のために追加費用が発生することが多かった。

 

a)パソコンを使った音声拡大読書器
 拡大読書器は、自治体の日常生活用具として、視覚障害者に無償または一定の自己負担のみで提供される製品である。
 近年、従来の光学式の製品に加えて、パソコンとイメージスキャナで構成され、拡大機能と認識文字の音声読み上げ機能を有した製品が、日常生活用具として認められるケースが増えてきた。
 これにより、これまでは光学式製品の対象外であった重度の視覚障害者が、公的な助成を受けて製品を入手できることになった。
 対象ユーザーの増加にともない、各社から新製品が登場するなど活況を示している。

 

b)基本ソフトウェアの視覚支援機能の充実
 最大手の基本ソフトでは、1990年代末に視力のあるロービジョンの人を対象とした拡大、ハイコントラストなどの弱視向け機能が標準で搭載され、2010年代に画面読み上げ機能が追加されたが、読み上げの機能は限定的で有償ソフトの代替にはならなかった。
 現行バージョンでは、購入時の初期設定も読み上げるなど機能が向上してきている。今後のさらなる機能向上に期待したい。
 もう一方の大手の基本ソフトでは、同社のスマートフォンやタブレットと同じ名称の読み上げ機能が装備されており、標準の読み上げ機能でもある程度パソコンを使用できる。
 すべてのパソコンが標準搭載の読み上げ機能で利用できることを強く望みたい。

 

c)高性能なフリーウェアの登場
 最大手の基本ソフトを読み上げる無償ソフトが登場している。合成音声の品質は高くないが、読み上げの性能は有償ソフトに引けを取らない。
 外国で開発されたソフトは、多くのボランティアにより日本語化され、ウェブを中心に情報発信やサポート活動が行われている。
 フリーウェアであることから、後述の仮想環境への読み上げソフト導入の問題が回避できる可能性を持っている。

 

d)仮想デスクトップの課題
 情報漏洩などのセキュリティ対策の切り札として、仮想デスクトップなどと呼ばれるシステムが企業や公共機関へ導入されている。
 仮想デスクトップでは、遠隔のサーバがアプリケーションの実行や、データの管理といった大半のタスクを担うため、視覚支援機能がこれまでどおりに使えないという問題が生じる。
 必要最小限のリソースのみを搭載したシンクライアント端末では、基本ソフトもアプリケーションも動作しないため、起動直後に視覚支援機能が使えないことが課題となる。
 パソコンを端末として使用するファットクライアントは記憶媒体などのリソース、基本ソフト、アプリケーションを搭載しているため、起動から仮想デスクトップにログインするまでは視覚支援機能が使える。
 しかし、どちらの端末も仮想デスクトップへログイン後は、遠隔サーバ側から視覚支援機能を起動する必要があり、これが視覚支援機能導入の課題となっている。

2-2. スマートフォン、タブレット

 視覚支援機能を標準で搭載している製品と、入手後に機能を追加する製品がある。

 

a)カメラ機能の利用
 カメラで撮影した結果を文字認識したり、色判定したりして読み上げるアプリは以前から存在していたが、端末内でデータ解析を行うため、認識の制度には限界があった。
 撮影した画像を遠隔サーバに送り、最先端のAI技術で解析し、認識結果を端末へ送り返す方式のアプリが登場した。
 書類の他、色、明るさ、紙幣、物体、人物なども認識して読み上げてくれる。
 試しに飲料の自動販売機を撮影したところ、購入ボタンの上にある飲料の情報を読み上げることができた。

 

b)移動支援
 現在地周辺の店舗、施設、駅、交差点などの情報を読み上げるアプリは、外出するための便利アプリである。
 現在地に加えて、目的地周辺の情報を調べられるシミュレーションモードを搭載しており、外出前の下調べにも便利である。
 任意の目的地を選んで、一般のマップアプリを起動すれば、徒歩モードでのナビ機能を開始することもできる。

 

c)電子図書
 一般の電子図書の中には読み上げ機能に対応している図書にTTS(text to speech)マークを付けているケースがある。
 TTSマークのついている図書は端末の読み上げ機能で読み上げられるほか、対応するスマートスピーカーでも読み上げることができる。視覚障害者情報提供施設から提供される録音図書などと比べると読み上げ品質はやや見劣りするが、一般の図書が中間作業なしで読める点が評価できる。
 一方、視覚障害者情報提供施設でも、インターネット上にデジタル録音図書や、点字図書データをダウンロードできるサイトを公開しており、視覚障害のある会員は、全国の参加施設が作成した図書データが利用できる。図書検索、ダウンロード、録音再生、目次ジャンプやしおり機能など、一連の操作を行うためのアプリが製品化されている。

 

d)一般アプリ
 ネットバンクでは、セキュリティ強化を目的として本人認証にスマートフォンを用いるサイトが増えている。
 パソコンでの利用に制限を設けたり、生体認証を前提とした専用アプリを用いるなど、視覚障害者の利用しやすさを損なうケースもみられる。
 新たなデジタル・ディバイド(情報格差)が生じることがないように、セキュリティと視覚障害者の利用しやすさの両立が強く求められる。
 電子通貨、電子決済サービス、交通系IC乗車券アプリも、読み上げ機能付きの端末を使えば、視力を使わずに利用明細などを確認できるのが魅力である。
 銀行系アプリとともに、読み上げ機能への対応が重要である。

2-3. ウェアラブル端末

 読み上げ機能を搭載した腕時計式の端末は、話しかけて操作する音声認識との併用により比較的容易に利用できることから、視覚障害者のコミュニケーション支援機器としての活用が始まっている。
 今後のさらなる小型化と高機能化により、コミュニケーション支援機器としての価値が高まる分野だと思われる。

2-4. スマートスピーカー

 話しかけに音声で答えてくれるスマートスピーカーは視覚障害者に魅力的な製品である。
 スマートフォンへ機能を追加するための技術情報を公開している製品では、視覚障害者に役立つ追加機能を研究する大学や情報提供施設が現れている。操作が簡単で便利な追加機能の登場を期待したい。
 近年、画面を装備した製品が増えているが、画面が見えることを前提としたサービス提供にはデジタル・ディバイドの恐れがあることを指摘したい。

2-5. 専用品

a)スマートグラス
 眼鏡型、眼鏡に小型装置を装着する方式などの製品が登場している。
 文字を読み上げたり物体を説明する機能は、スマートフォンのカメラを利用した認識アプリと類似しているが、眼鏡感覚で身に付ける専用品というスタイルは、視覚障害者のコミュニケーション支援機器としての特長を有している。
 自治体によっては携帯型の拡大読書器としての助成対象となっている。

 

b) 高機能な外付キーボード
 スマートフォンとBluetoothで接続する外付けのキーボードには、キー入力の他に音楽再生、通話受発信などの機能が装備されており、スマートフォンの多くの機能をキーボードから操作できる。
 音声読み上げフィードバックと独自のタッチジェスチャーにより視力が無くてもタッチパネル端末は操作可能である。
 しかし、キーが触って識別でき、音声フィードバックが無くても定型的な操作が素早く入力できる点で、キーボード方式の入力に魅力を感じる視覚障害者は多い。
 こうした視覚障害者の要望に応じて製品化されたのがこのキーボードである。

 

名古屋ライトハウス 情報文化センター 来訪相談の様子

◆トピックス 大学高等教育における実践事例
 全盲の私が担当しているある大学の授業の様子を紹介する。
 現在、キャンパスへ出向する対面の授業は見合され、オンラインミーティングのシステムを使って遠隔で授業を行っている。
 講義には約80名の学生がエントリーしており、その中には視覚、聴覚、発達障害のある学生がそれぞれ数名含まれている。
 学生は授業の数分前になると私が主催するオンラインミーティングに各自の端末から参加してくる。 視覚障害のある学生は画面を拡大やハイコントラスト表示にしている。私は端末として画面読み上げソフトを入れたパソコンを使用している。
 学生がミーティングに出入りするたびに学籍番号が音声で読み上げられる。短時間に80名ほどの学生が出入りするので、その読み上げはうるさいほどである。
 授業の開始とともにクラウドへのビデオ録画を開始している。録画は授業後に学内専用のオンラインドライブにて学生へ公開している。授業中にスムーズに内容が把握できないときの補助資料として利用されている。
 授業開始時には、聴覚障害のある学生とのスマートフォンを使ったコミュニケーションも開始している。私の声は自動で文字へ変換され、学生の端末に表示される仕組みである。
 学生からはチャット機能でパソコンに質問などが入ってくることがあり、そのチャット文字を私は読み上げ機能で聞き取って、声で返答している。
 講義で使用する発表スライド、レポートの記入用シート、ウェブページなどは画面共有機能を使って学生へ示している。
 学生から提出されるレポートは学内のウェブシステムから入手して、オンラインで採点作業を行っている。
 この授業では、事前のシラバスの掲示、講義資料やレポートの配布、レポートの採点と成績の登録まですべて学内専用のウェブシステムで行っている。
 障害のある人もない人も、各自が自分に適した情報コミュニケーション機器を用いて授業に参加することで、障害の有無を感じさせない授業運営が実現できているのである。

[3]コミュニケーション支援機器への期待

 今後有望と思われるITインフラを取り上げて、近未来のコミュニケーション支援機器への期待を述べる。

 

◇IoT
 モノのインターネット(IoT)は、「人とモノを隔てる障害」とも言える視覚障害者に大きな恩恵をもたらす可能性を持っている。
 環境制御(室温や照明など)、家電制御(キッチン、オーディオなどのスマート家電)、健康管理(体温、血圧など)、その他、応用分野は枚挙にいとまがない。
 目が見えないために使えなかったこれらの身の回りのモノが、見えなくても使えるモノへと進化するIoT社会を期待したい。

◇自動運転
 「目が見えなくても車が運転できる」。果たしてそれを運転と呼ぶかは別として、究極の自動運転とは視覚障害者も一人で利用できる車であることには違いない。
 視覚障害者が望む自動運転が実用化されるのはまだ先のことかもしれない。しかし、自動運転を実用化するための要素技術の中には、視覚障害者のコミュニケーション・移動を支援する技術が含まれている。
 交通信号の識別、路面や障害物の探知と回避、ドアからドアへのピンポイントなナビゲーションなど、どれも視覚障害者の移動支援として魅力的な要素技術でもある。

 

◆トピックス 新型の視覚障害者用信号
 2021年度、新型の視覚障害者用交通信号システムが、全国に150台導入される。
 夜間や早朝の騒音問題を抱えていた従来の音響式信号に代わって、信号の情報を手元のスマートフォンアプリで知らせる仕組みとなっている。
 ながらスマホが社会問題となっている昨今、スマホを使いながら横断していいかなど、解決すべき課題はあるが、新たな取り組みの進展に期待したい。

 

◆トピックス 情報のユニバーサルデザイン
 情報技術は登場と同時に視覚障害者の情報障害を補う仕組みとして活用され、世の中のIT & ICTインフラの進展とともにコニュニケーション支援機器としても進化してきた。
 一方、情報通信サービスの仕組みやコンテンツの中には視力が無ければ使えないケースが珍しくなく、それは今日デジタル・ディバイドという新たなバリアを生み出している。
 本来、ウェブページやPDFには、視覚支援システムへ画像の説明テキスト、文章の構造や読み上げ順を示したタグ付けの機能が用意されている。さらに、見栄えなどの表現と文章の構造を分離(両立)するためにスタイルシートという手法も確立されている。
 言い換えると、すでにコンテンツ提供における情報補償は技術的には確立されており、実際にその技術を用いるかが重要だと言える。
 誰もが使いやすいデザインのことをユニバーサルデザインと呼ぶ。視覚障害者のためのコミュニケーション支援機器とコンテンツ提供を考える時、誰もが利用しやすい情報のユニバーサルデザインという観点を忘れてはならない。

[4]おわりに

 視覚支援システムの開発者としても著名な全盲の社会学者の方の言葉を引用してこの文を終わりとする。

 

「アクセシビリティは高い技術と正しい思想により実現する」


 

アクセシビリティ:アクセスとアビリティの造語。近づきやすさ、使いやすさなどの意味として、情報機器や情報コンテンツ製作の分野で用いられる。