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共生社会を支える最新テクノロジー

福祉機器最前線

 高齢者・障害者の自立と介護を支援する福祉機器は、さまざまな場面で日常生活に浸透してきており、最新のテクノロジーを活用した研究・開発が一層盛んに進められています。
 今後の普及が期待される、各分野における最前線の福祉機器の開発・活用動向をご紹介するとともに、その機器によってもたらされる影響などについて考察した、有識者によるレポートを掲載します。

[1]最新テクノロジーと支援機器への活用を取り巻く状況

 世界では既に破壊的イノベーションが進み我が国の社会経済活動に大きな影響を及ぼしている。Society5.0実現に取り組むとした「第5期科学技術基本計画1」や「統合イノベーション戦略2」 にあるように、我が国も最新のテクノロジーによってデジタルトランスフォーメーションの波を起こそうとしている。
 現在、テレビやネットから流れるコマーシャルでは「5G」「AI」「IoT」「自動運転」など、最新のテクノロジーを採用したと謳う商品やサービスが次々に紹介されている。「5G」は、高精細な動画配信、遠隔医療、VR/ARサービス、自動運転・自動制御、スマートファクトリー、スマートシティの構築を支える通信技術となっていく。また「IoT」も進み多くのモノがネットに接続され、位置や状態が瞬時に通信され必要なサービスに紐づくよう設計されている。そして「AI」の搭載である。機械自らが学習し知識を得ることができるようになり、近年は深層学習によって飛躍的に情報量を増やし精度が上がっている。
 テクノロジーは福祉機器業界に大きな影響を及ぼしている。まず、障害の捉え方が大きく変わる。ICF(国際生活機能分類)3で考えると健康状態は生活機能(心身機能・活動・参加)と背景因子(個人因子・環境因子)の相互作用によって決まるとしているが、これを強く意識しなければならない。その観点から考えると障害は生まれたり、消えたりする。①医療技術の進歩によって、障害が解消したり軽減したり、以前なら生存することが難しかった人が生きていけるようになる。反面で重い困難を抱える人が増えている。②社会構造の変化、すなわち第一次産業の衰退と第三次産業への集中の中で、人間関係や事務的業務が重要視され、不適合を起こす人が増えてきた。③工学的技術の進歩によって、ICT機器が使える人と使えない人との情報格差(デジタルデバイド)が出てきた。4また、障害が解消したり軽減したりするようになった反面、コントロールできないほどの能力を身に付けて発生する事故や他者との軋轢まで引き起こしている現実もある。
 2020年、新型コロナウィルスの感染拡大をうけて、我々は外出を大きく制限された。個人因子としては問題がなくても環境因子が大きく変わり活動を制限されるようになった。これはICFで考えれば障害がある状態であるが、テクノロジーによってリモートワークを実現し活動が継続できることを目の当たりにした。もちろん、さまざまな課題が噴出し困難な状況にあるのは承知しているが、テクノロジーによって人を支援し、社会環境を変えていくことで困難さを軽減していくことは可能である。これは障害支援そのものではないだろうか。

[2]困難さの解消に寄与する最新テクノロジーと今後の可能性

 国際福祉機器展では特別企画として「アルテク講座」が毎年開催されていることをご存じだろうか。この企画を実際に運営しているのは早稲田大学人間科学学術院の巖淵守教授や東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授らである。両教授が提唱した「アルテク」とは、身の回りにあるテクノロジーを指していて、この講座では、我々が日常的に利用しているスマートフォン(以下、「スマホ」)、タブレット、パソコンやスマートスピーカーなどの情報機器や電子機器を障害のある人の生活や学習に活かすアイデアをアクセシビリティ機能と共に紹介している。 マイクロソフト 社のWindows、Apple社のmacOS、iOS/iPadOSやGoogle社のAndroidはリリース以来、アップデートごとにアクセシビリティ機能が拡充され、見ること、聞くこと、理解すること、操作することの困難に標準で対応できるようになっている。画面情報を読み上げたり、拡大したり、音声で操作したり、スイッチや頭部の動きで操作したりできるようになっているが、なかなか一般には認知されていない現実がある。
 現在、スマホは、コミュニケーションツールとしてだけではなく、娯楽、購買、金融、健康そして個人認証のツールとして利用されており、スマホを利用できるか、できないかが、QOLに直結しているとも言えよう。「アルテク」を上手に利用できるかどうかが支援の肝であり、それをコーディネートできる支援者が必要なのである。
 2019年、日本語版がリリースされて話題になったが、「Seeing AI」というマイクロソフトのiOS向け無料アプリがある。視覚障害のある人にとても役立つアプリで、カメラを向けると文字や物や人を認識して音声で返してくれる。人に関しては、どんな人でどんな感情か、物に関してはそれが何で、何と書いてあるか、色は、明るさは、と、すべて音声で教えてくれる。その精度が日々上がっていくのはAIならではの特徴である。
当協会でも、最新のテクノロジーを利用した製品やサービスを試作・開発しているので一部紹介する。2019年に市販のスマートスピーカ(LINE Clova)を利用した「わたしのバス」というサービスを日本マイクロソフト(株)の協力で開発した。これは、自分がいつも乗るバスが停留所にあとどれくらいで到着するのか、視覚障害者の利用を想定してすべて音声で操作できるようになっている。AIによる音声認識技術と交通事業者の動的な位置情報に関するオープンデータを利用して実現したもので、第二回東京公共交通オープンデータチャレンジにて最優秀賞を受賞した。本年は顔が見える筆談アプリ「WriteWith」のリリースに協力した。こちらは聴覚に障害のある人たちの声から生まれたコミュニケーションツールで、より感情的な筆談ができることを目指して、AIによる手書き文字認識や表情認識を利用している。Webブラウザアプリなので誰もが簡単に使えることも大きな特徴である。

 

Write Withの操作画面

 また、近年はeSportsも盛り上がりを見せてきており、これは障害のある人や高齢の方も参加できる可能性が大いにある。いくつかのメーカーがゲーム機本体を製造販売しているが、つい最近まで障害に配慮したデバイスは存在しなかったが、2019年にXboxのメーカーであるマイクロソフト からアクセシビリティ製品として「Xbox Adaptive Controller」が発売された。2020年には日本でもNintendo Switchに対応したアクセシビリティ製品「Flex Controller」が(株)ホリから任天堂(株)の公式ライセンス品としてリリースされたところである。これらがあれば、例えば、押しボタンスイッチやタッチスイッチ、呼気スイッチなどでゲームができるようになる。また、近年リーズナブルになった視線入力センサーを利用することも可能となっているようだ。

 

Flex Controller


 最新のテクノロジーを利用した製品やサービスは次々とリリースされるに違いなく、それは我々が日常生活を営むための「もっと簡単に」、「もっと楽しく」を実現していくであろう。「もっと簡単に」は、言い換えると、手順や手続きを簡素化し単純にすること。手順や手続きに困難さを感じている人にとっては大いに役立つテクノロジーが詰まっているのだ。

[3]共生社会の実現に向けて、技術者・エンジニアの担う役割や展望

 デジタル活用共生社会実現会議5の提言には、日常生活等の支援として、障害当事者参加型技術開発の推進やデジタル活用支援員の配置、就労環境の整備としてテレワーク等の環境整備と地域ICTクラブ設置、社会の意識改革として情報アクセシビリティの確保が謳われている。
 当協会でも人材育成活動と支援技術の開発・普及活動を行っている。人材育成活動では、令和元年度・2年度 厚生労働省 教育訓練プログラム開発事業に採択された「障害者の自立と就労を支援する情報支援技術コーディネーターの育成」に協力している。将来的にはスキルを認証し地域で貢献できる人材を創出していきたいと考えている。

 


 また、支援技術の開発・普及活動として、2018年から「Accessibility Developer Community」を日本マイクロソフト(株)から協力を得て運営している。ここでは支援技術に関心のあるエンジニアと研究者を対象に、オンラインとオフラインでさまざまに情報共有している。スマートに情報機器を利用することで快適で豊かな生活を目指せるよう、AIなど最新のテクノロジーを活用した支援技術の開発と普及に貢献したいと考えている。具体的なアウトプットとして、マイクロソフト社の「AI for Accessibility」という開発助成に応募するプロジェクトを創出することを目指している。

 


 このコミュニティには、一般の企業に勤めるエンジニアの参加が多く、これまで福祉に携わった経験のない人が多いのが特徴である。障害を理解するために障害当事者の話を聞いたり、機材を利用して障害体験をしたり、障害を身近に感じながらディスカッションすることで、障害当事者もエンジニアも多面的に思考することができ新たなアイデアが生まれている。それを基に次の段階で関連技術の最先端のエンジニアにも参加いただきブラッシュアップを図っている。この活動を通じて感じたことは、エンジニアが障害を理解し自分や自分の大切な人のこととして捉えることができるようになれば、私生活においても本業においても思考は変わるということである。
 コロナ禍にあって多くの人が、外出できず人と容易には接触できないという障害状態にあり、最新テクノロジーへの期待はとても大きいものがある。この困難を乗り越えることは、共生社会実現の絶好の機会なのかもしれない。それだけにエンジニアにはアクセシブルな製品・サービスを意識したデザインを目指していただきたいと切に願い、微力ながらその実現に尽力したいと考えている。

脚注
 1 2016年1月閣議決定
 2 2013年6月に閣議決定し年次で策定
 3 2001年5月にWHOが採択
 4 2010年ATACセミナー資料(東京大学先端科学技術研究センター 中邑賢龍)
 5 2018年11月 総務省・厚生労働省 共宰