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福祉施設の実践事例

実践事例 詳細

認知症高齢者とのコミュニケーション法(バリデーション)を現場実践に活かす

種別高齢者施設
開催年2018
テーマ職場づくり・専門性向上
認知症高齢者とのコミュニケーション法(バリデーション)を現場実践に活かす

社会福祉法人 豊悠福祉会

特別養護老人ホーム 豊悠プラザ

認知症ケアに取り組む背景

社会福祉法人 豊悠福祉会の理念は、「Art(情熱)& Science(冷静な判断)」です。「Art」とは、人間だからこそできる創造活動、共感、主観性、そのときその場で生まれた思いやアイデアを意味します。「Science」とは、科学的に裏付けられた活動、理論、客観性、万人の中で磨き上げられてきた思いやアイデアを意味します。「&」としているのは、どちらか一方を高めたとしても、いずれ限界が生じるもので、両者を融合するからこそイノベーションが起こるということを意味しています。つまり、情熱的な部分と冷静な判断が融合することが、私たちの施設では重要であり、介護のいろいろな場面に存在すると考えています。 それでは、バリデーションについて説明します。  私たちが、認知症ケアに取り組むようになった背景には、過去のケアでの失敗経験があります。 例えば、夕方になると「帰りたい」と訴える利用者がいらっしゃいます。以前は「今日のバス、もう終わっちゃいました」と嘘をついたり、「そんなこと言わずに、まぁ、お茶でも飲みましょう」とごまかしたり、「あなたの家はここですよ」と現実を突きつけたりしていました。しかし、これはその場しのぎのケアですから何も解決しません。利用者の訴えは大きくなり、やがて混乱し、スタッフは疲れてしまうといった悪循環を生みます。 そのときに出合ったのが「バリデーション」です。これは、アメリカのナオミ・ファイル氏が開発した、認知症高齢者とのコミュニケーションを通して感情レベルに訴える方法論です。バリデーションは、もともと「確認する」「強化する」という意味がありますが、コミュニケーション法としてのバリデーションは「自分の生きていた意味や、価値を確認する」というとらえ方をしています。

バリデーションを活用する

まず、バリデーションの「基本的態度」を紹介します。

  • 傾聴する
  • 共感する
  • 評価しない
  • 誘導しない
  • 嘘をつかない
  • ごまかさない

これらはそもそも、人づき合いにおける基本ともいえます。 次に、「基本テクニック」を紹介します。 資料①の通り、「オープンクエスチョン」「リフレージング」などの言語的コミュニケーションテクニック、「アイコンタクト」「タッチング」といった、非言語的コミュニケーションがあります。これらのテクニックを使うことで、認知症高齢者だけでなく、話すことができなくなった寝たきりの方とでもコミュニケーションを取ることができます。

資料①

バリデーションでは、利用者のすべての行動に意味があると考え、言動の奥にある、本当の訴えを探ります。訴えている「言葉」そのものではなく、「感情」に寄り添い、共感し、探索していくのです。例えば「帰りたい」と訴える利用者には、まずその帰りたい気持ちに寄り添い、共感します。そして、会話をしながら、なぜ帰りたいのかを探ります。帰りたいのは、今いる場所が落ち着かないからか、誰かに会いたいからか。誰かに会いたいとしても、それは今、生きている人とは限りません。また、帰りたい場所は子どものころの家かもしれません。あるいは、やり残した仕事があるのかもしれません。こうしてさまざまなことを想像しながら、目の前の方に対し「理解したい」「教えてほしい」との思いで近づいていくことで、その思いは、利用者に必ず伝わると思います。 こうして寄り添うことで、多くの利用者の症状が落ち着いていきます。「大丈夫」「安心できる」と思うことができ、自分の居場所が見つかれば、とても穏やかになられるのです。 なお、当施設のバリデーション研修は、毎年10名前後の職員が関西福祉科学大学の都村先生の指導のもとで行っています。平成30年度からは、バリデーションに特化したコアメンバーをつくり、研修以外でも定期的に勉強会を開催しています。現在、40名程度の職員が研修を修了し、現場で実践しています。また、バリデーションワーカー養成コースへの職員の派遣も行い、現在は2名のバリデーションワーカーがいます。

バリデーションの事例や地域への取り組み

ここでバリデーションを活用してケアを行った事例を紹介します。 資料②の写真は、男性職員がバリデーションの技術を活用しながら、80代の女性Aさんと話をしているところです。 Aさんは、10年以上前にご主人が他界してから一人暮らしで、子どもはいません。年齢を重ねるにつれ、できないことが増えていることがわかり、当施設から働きかけを行いましたが、介護拒否をされ、誰も自宅に入れませんでした。ほとんど歩けなくなり、家の中は荒れ、悪臭が漂うほどとなり、結果、行政からの依頼で緊急保護をし、当施設に入所されました。 入所当初は落ち着いて生活をされていたAさんですが、1週間が過ぎたころから食事や入浴をされなくなりました。そこで、バリデーションの研修で来所されていた都村先生にAさんと会話をしていただいたところ、「人の世話になりたくない」「施しを受けるのが嫌だった」など、Aさんの思いを知ることができました。私たちは、食事や入浴の拒否にばかり気を取られ、訴えたいことが他にあったことに気づかなかったのです。 その後、理解してもらえると分かったAさんに変化が起きました。食事や入浴をされ、身だしなみに気を使い、新聞を読まれるようになりました。現在は、地元の盆踊りに参加するなど、地域との交流もされています。

資料②

バリデーションに取り組んだ職員からは、「以前より、利用者と信頼関係が築けている」「きちんと目線を合わせて話すことで、利用者が落ち着かれることが増えたと感じる」などの感想が寄せられています。 一方で、バリデーションを実施する上での課題もあります。

  • バリデーションをする時間の確保が難しい
  • 職員全員がバリデーションを理解するのは難しい
  • 利用者が変化しているのか分からない

こうした課題を解決するために、私たちは施設理念に基づき次のように考え、行動しました。まず「Art」の考え方として、職員がお互いの行動を見て、感じ、意識すること、利用者に向き合い、感情に寄り添うこと。「Science」の考え方として、普段から職員一人ひとりがしていることを形にしていくこと、日常業務の中にバリデーションを取り込むことです。これらを融合することで、施設全体でバリデーションに取り組むことができると考えています。実際に、利用者への対応がうまくいかなかった時期は、職員がお互いの手法を取り入れることで、少しずつ利用者に向き合えるようになりました。 また、当施設では地域に対して次のような取り組みを行っています。

  • バリデーションワーカーの養成
  • バリデーションの地域住民への普及、習得プログラムの構築・実施
  • 対処療法から共感的療法の推進(バリデーションを地域へ広げる) など

バリデーションは施設だけでなく、在宅でも実践できます。当施設が認知症になっても住み続けられる地域の拠点となり、これらの取り組みを通して、住民が助け合いながら暮らすことのできる社会を目指していきたいと考えています。