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福祉施設の実践事例

実践事例 詳細

スタッフが働きやすい環境を作る!

~離職者を出さない施設の取り組みと効果について~
種別高齢者施設
開催年2019
テーマ職場づくり・専門性向上
ICT
スタッフが働きやすい環境を作る!

社会福祉法人 堺福祉会
特別養護老人ホーム ハートピア堺

感情労働への向き合い方とは

介護の現場はヒューマンサービスであり、「感情労働」であるということを押さえておく必要があると思います。感情労働とは、感情の抑制や鈍麻、緊張、忍耐などが職務要素として不可欠な労働のことです。従事する者は常に自分自身の感情をコントロールして、相手に合わせた言葉や態度で対応することが求められています。人間は感情を持った動物であるといわれますが、私自身、仕事の現場では感情的になったり、イライラしたりしてはならないと思っていました。
さらに、現場ではスタッフを採用しても、短期間で退職することが少なくありません。それが繰り返されることで、在籍スタッフが疲弊して退職に至る。このようなスパイラルが平成17年から平成20年まで続き、苦しみました。どうしたら温もりのある施設になるのかと常々悩んでいました。この体験が、平成21年から私が大学院で学ぶ契機になりました。
当施設は特養を主とした100床ある大規模多機能施設で、特養とデイサービスを合わせて、1日およそ155名の利用者、70名のスタッフが滞在しています(資料①)。

資料①

たくさんの人間が狭い施設の中にいるので、感情が錯綜しています。その感情を、私は赤外線に例えています。もしその赤外線が太くて本数が多ければ、当たる確率が高くなり、人が受けるダメージも大きくなります。逆に赤外線が細くて本数が少なければ、当たる確率が低くなり、受けるダメージも小さくなります。人の価値観や思いや感情は千差万別ですので、理解するのは非常に難しいことです。ですから、まずは「理解しよう」から「認めましょう」ということを意識しています。

構造に注力することの必要性

介護業界でも「ドナベディアンの医療の質の定義」は採用されています。「構造」「過程」「結果」、つまり医療が実践される構造的な特徴が、医療過程の質が良くなったり、悪くなったりすることに影響する傾向があることを意味しています。しかし、私も含め、管理者は構造に注力せず、過程と結果ばかりを求めてきました。当然、現場は疲弊し、退職者も増えます。
そこで、働きやすくするために、全てのスタッフに同じルールを採用して不公平感を解消し、対応した結果について説明責任を果たすようにしました。必ず衛生委員会の場で話し合い、その結果を会議録に記載し、さらに会議録閲覧システムで回覧します。また、誰かに何かをしてもらったときに、日本人のほとんどは「すみません」「ごめんなさい」と謝ってしまいます。こうしたマイナスの言葉ではなく、「ありがとうございます」と言えば、プラスの感情に変わります。このように人間の中の感情を、プラスに変えることを心掛けています。そのほか、利用者とスタッフの負担軽減を考え、原則として人力のみによる移乗介助などを禁止し、さまざまな介護機器を使用しています。付随業務は、パートスタッフ、学生アルバイト、アウトソーシングに傾注させています。いろいろな方に出入りしていただくことで、風通しや雰囲気がよくなることにもつながります。
それから、誰でも心の中で、悪いことを促す「ブラックデビル」と、それを制止する「天使」が戦う場面が、仕事の中でも数多くあります。シーツが汚れていても、時間が取られることを避けて後回しにする可能性があります。この場合、「構造」の視点からボックスシーツを採用することで取り換え作業の時間が短縮され、すぐに取り換えることがあたり前になるかもしれません。また、当施設は平成8年4月に開所し、かなり古くなっています。ベッドを動かす際に角を壁にぶつけると穴が開いてしまうのですが、ぶつけた本人は名乗り出てきません。穴を見つけて報告に来たスタッフに向かって私は怒ってしまっていました。施設改修の際に腰板を全居室に貼ったのですが、ぶつけても穴が開かず、スタッフが怒られることもなく、私も腹が立つことがなくなりました。これも「構造」で解決できるということです。

組織と人材に対する独自の取り組み

当施設では事業部制組織を採用しています。縦割りの組織では部・係間に軋轢が生じるため、なるべく横串を刺す必要があると考え、次のような取り組みをしています。

●全部署正規スタッフは委員会に所属する (必ず部署混在)
9委員会(入浴・排泄、広報、5S、リスクマネジメント、OJT、認知症ケア、地域活動、ボランティア、ICT)
●委員会の実践報告会(6月第3土曜日) 審査員:2人のコンサルタント 総合優勝(2万円)研修委員会賞(1万円)審査委員賞(1万円)
●年3回スタッフ交流会:新入職スタッフ必ず参加、子どもも参加OK 毎回約50名参加 ⇒ 期間中に入職したスタッフの自己紹介(合計約30万円)
●新入職スタッフの顔写真とコメントを入職前に貼り出し (掲示スペース・休憩場所など)

また、どんな組織であっても、よくできる人2割、普通の人6割、できない人が2割という「2・6・2の法則」があるといわれています。できない2割の人が辞めたところで、また「2・6・2」ができるというのがこの法則です。できない人を標的にするのではなく、丸餅型のフラットな2・6・2にするための人材育成が必要だと思っています。
そして、やる気やモチベーションは、動機付けによるといわれています。しかし、賃金や待遇などの「外発的動機付け」は、改善してもすぐに満足できなくなるものです。そこで、当施設では、次のような「内発的動機付け」を採用しています。

【内発的動機付け】
●内部・外部含めて年間研修費 約133万円 (平成30年度)
 内部研修:哲学について語る、レゴブロックを活用して価値観や思いを伝えるために語る
      (語りと内省に重き)
 外部講師:階層別・役職者・専門職・マネジメント研修(年間約20回)
 外部研修:72の研修(延127名)に参加(平成30年度)
●実習受入:年間約381日 約119万円 ※講演など収入含む(平成30年度)
●介護機器などの開発、モニタリング
●寄稿、掲載、発表:大阪万博誘致PRビデオ、テレビ、行政・社協の刊行物、新聞、雑誌、機関誌etc.
 定期的にスタッフが、HCR・全社協・近老協・大阪府社協・堺市などで発表

地域貢献や社会貢献、街づくりという分野において頑張ることが、私たち社会福祉法人の使命だと感じています。こうした活動に熱心な施設に対して、養成校などの先生方も積極的に実習生を送り出してくれますので、人材確保にもつながります。

IT・ICT化を進めることの重要性

業務の中で、伝えたつもりが、実は伝わっていないということが多くありました。「知りません」「聞いていません」など、言った方も、言われた方も、いい気がしません。しかし、会議録閲覧システムを導入したことによって、意識がだいぶ変わります。マニュアルやショートステイの荷物チェックもタブレットを採用し、介護ソフト「ほのぼの」や、デジタル電子体温システムも導入しています。情報共有のツール以外に、「ナイスな気づき(ヒヤリハット)」やアクシデントについても入力をしています。特養だけで月に500件以上が上がってきます。
帰属意識として、スタッフを無視しないということを前提に、透明性と説明責任を必ず果たすことを意識しています。加えて、私たちは「プチいらの解消」と称していますが、現場の中で感じるちょっとしたイライラを、スタッフに表出してもらい、それに対して我々がきちんと答えを返して 実践するようにしています。決裁権のある人間がすぐにアクションを起こすということが、とくに大事だと思っています。
今後さらにIT・ICT化を進め、スタッフ間での食い違いはもちろん、スタッフの負担を減らす必要があります。それらの維持コストや更新費用が足かせとなり、経営状況は厳しくもありますが、取り組みを通じて評価していただきながら、これからも実践していきたいと思います。